できて当たり前のことができない人

当たり前のことは言わないでもできる。

目上の人には敬語を使う。朝起きたらきちんと挨拶をする。自分が出したごみは自分
で片付ける。遅刻や忘れ物はしない。人に迷惑をかけない。規則やルールは守る。

そんなことはいちいち言われなくてもできるのが当たり前のことだと考えていません
か?


人間といったものが自分で物事を見極め、意思の力によって行動していると考えてい
るせいか、できて当たり前といった考え方が世間にはあります。


最近の若者の非常識な行動に文句のひとつも言いたい人は多いはずです。
コンビニの前に座り込んでは、タバコを吸って地面につばを吐く。
ごみは出しっぱなし。
周りを省みず大声を出して馬鹿っぷりをアピールする。

女性においても、平気な顔をして電車内で化粧をしたり、パンやお菓子を食べたりす
る。

大の大人でも、平気な顔をして歩きタバコをしています。

そんな光景を目の当たりにして、言っても仕方がないと思ってしまうのは無理もあり
ません。
できて当たり前のことができないと、人は嫌気がさすものです。
馬鹿はほっておくしかないと思ってしまうものです。


当たり前のことができないのはなぜでしょう?

馬鹿だから?知能が低いから?そんなところに原因はありません。

当たり前のことでも、しっかりと見返りがなければ、その行動を学習して維持してい
くことはできません。

当たり前の行動とは見返りがあってはじめて維持されるものです。


若者が自分の出したごみを片付けられないのは、そこに見返りがないからです。

ごみを片付けてほめられた経験がない人が、ごみを片付けるようなことは、まずしま
せん。

周りから白い眼で見られようとも、悪い意味でのゴーイング・マイ・ウェイな生き方
をしている若者にとって、それはデメリットにはなりません。

人様の迷惑を省みないのは、省みないでも叱られることがない、人様に気を取られな
い自分達がかっこいいといったメリットがあります。

若者の行動は、それはそれできちんとメリットが伴った行動です。

大人たちや社会が望む行動をしたところで見返りがない。しかし、自分たちの環境で
はその行動は見返りのある行動なのです。


車内で化粧をしたり、パンをむさぼり食う女性も同じです。
周りの視線は今の若い女性にとってはデメリットにはなりません。

しかし、そこに片思いの男性がいれば、そんなことはしないはず。

自分が必要とする人たちから白い目で見られると、そんな恥ずかしい行動はしなくな
ります。
しっかりと見返りがないためにしでかす行動なのです。


大人が、混雑している場所でも平気で歩きタバコをするのは、そこにデメリットがな
いためです。周りが注意をするわけではありません。逆に、吸うとことでメリットを
得ることができます。

そんな大人に周りが注意をして、迷惑だと告げるだけで効果はあるはずです。
しかし、そんな面倒なことをする人はいません。それこそメリットがない行動だから
です。

条例で、しっかり歩きタバコを禁止して、罰金を取るようにでもなれば、歩きタバコ
はなくなるはずです。


子供にしても、若者にしても、大人も同じく、できて当たり前の行動ができないのは、
そこに見返りがないためです。

望ましい行動をしない、言うことを聞かない、それは望ましい行動をしたときにしっ
かりと見返りを与えていないのでは?

しっかりと見返りを与えず、ただ、できて当たり前という思い込みが、多くの問題を
引き起こしていることに気づいていない。


日本は「恥の文化」といわれています。

せっかく恥の文化をもっていながら、それを上手く使えないでいます。

大事なことは、できて当たり前、して当たり前の行動も、しっかりとほめるなり、叱
るなりして、メリット・デメリットを使い、見返りを与えなければならないというこ
と。

できて当たり前などといった考えは、大人であろうと子供であろうと通用しないもの
です。


当たり前のことをしても褒められない環境で育った人間に当たり前のことなどできる
わけがありません。


まとめ

当たり前のことでも、しっかりと見返りがなければ、その行動を学習して維持してい
くことはできません。

当たり前のことをしても褒められない環境で育った人間に当たり前のことなどできる
わけがありません。






14年前の「発行管理者:かずひさ」氏のメルマガ「やる気が出ない本当の理由」
からの引用です。