言い訳に使われる遺伝子 
やりたいはずのことを先送りしてしまうことがあります。人間は本来怠け者、十分価値のあるメリットが提示されないと行動が起こりません。追いつめられると自分の能力以上の成果を出すことができます。しかしなかなか自分で自分を追い詰めるということは難しいのです。もしいつも追い詰められた状態で物事に取り組めばどんなことでも成し遂げられそうな気がします。やる気が出ないのはそれなりの理由があるから、人間の体のバランス上、やる気となまけ心はバランスよく交互に出てくるように思います。
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遺伝子研究が進み、
人間を理解するにあたって
遺伝子による見方が定着しつつあります。

「うちの親は高卒だから、俺もそれほど頭は良くなりはしない」
「お母さんは美人だから、きっとあなたも美人になるわ」
そのように考える根底には、
やはり遺伝子がそうさせていると
考えがあってのことでしょうか。

確かに、髪の毛や皮膚の色、
人の形質を決めるのは
遺伝子によるものです。

親から受け継いだ遺伝子が
その人を形作っています。

しかし、すべてが遺伝子によって
決められているのかといえば、
どうでしょうか。

そこには待ったをかけさせてもらいます。


現在、心理学では
人間は遺伝と環境との相互作用から
成り立つものとして考えられています。

いくら遺伝的に優れたものがあっても、
環境が乏しければ、
そこで開花する能力は低くなるということです。

中でも、知能や身体能力など、
環境との関わりが多くを占めるものがあります。


遺伝子操作で知能を高めても、
環境を整えない限り、
宝の持ち腐れに終わるということです。

逆に、遺伝的には普通の知能の持ち主であっても、
環境をうまく整えてやることで、
人は大きく成長するということになります。


それを知らずしてか、
多くの人は自分に限界を作っています。

「遺伝的天才には勝てない」
「凡人が非凡になることはない」
「すべては遺伝子によって決められている」
そう言って今の自分に限界を作っているものです。

そのように言い訳をすることで
今の自分に納得できるのかもしれません。
今の自分に諦めがつくのかもしれません。
しかし、違うのです。

遺伝と環境をどのように捉えるかで、
自分自身をもっと無限なものとして
捉えることができます。

遺伝子は人の能力において
「範囲」をあらわし、
枠組みとなるものです。

環境はその枠の中で繰り広げられる
「中身」を作るものです。

畑を遺伝子に例えてみます。

広大な土地を持っていても、
持っているだけでは
何の役にも立ちませんよね。
その広大な土地を手間ひまかけて
実りのある大地に仕上げ、
そこで立派な作物を育てることで
その大地は価値あるものとなります。

人の能力も同じです。
遺伝的に優れた才能を持っていても、
持っているだけでは何もなりません。
環境からしっかりと見返りを受け、
その遺伝子を開花させて
はじめて意味があります。

いくら遺伝的に優れた能力を持ったとしても、
環境を疎かにして中身を磨かなければ、
宝の持ち腐れに終わります。
逆に、遺伝的に平凡であっても、
環境を上手く整えてやることで
中身が磨かれその人の能力は
高まることになります。

それほど大きくない土地でも、
その土地の耕しようによっては、
そこに育つ作物は
他にはない価値あるものに
なるということです。


要は、遺伝的に優れていようがいなかろうが、
環境を大切にして自己を伸ばすことを
心がけることが肝要ということになります。

学生諸君は
「賢いのは遺伝的なもの」
と考えているかもしれません。

いくら勉強をしても遺伝的秀才には
勝てないと決めているかもしれません。

そうやって自分の能力に限界を作ってしまい、
伸びるものも伸びなくしているものです。


人は環境を整えれば
必ず伸びる力を持っているものです。
これは人の知能に限ったことではありません。
人間におけるさまざまな能力というものは、
環境の力を借りて開花していきます。

遺伝子が勝手に花を咲かせてくれるのではありません。


自分に能力が足りないと嘆き、
自分の遺伝的能力のなさを責めるのではなく、
環境の乏しさを考えることが先決です。

自分を開花させることができるのは
環境の力あってのことです。

周りと同じことをしていても
自分に見返りがあるとは限りません。
見返りのないことをして、
それで自分に限界を感じていることほど
馬鹿なことはありません。

自分のやりたいこと、好きなことをして
環境からたっぷり見返りを受けて、
自分の可能性を広げていけたらいいですね。

 
まとめ

いくら遺伝的に優れた能力を持ったとしても、
環境を疎かにして中身を磨かなければ、
宝の持ち腐れに終わります。
逆に、遺伝的に平凡であっても、
環境を上手く整えてやることで
中身が磨かれその人の能力は
高まることになります。

遺伝子が勝手に花を咲かせてくれるのではありません。

自分に能力が足りないと嘆き、
自分の遺伝的能力のなさを責めるのではなく、