人は知識だけでは変わらない。

人は知識だけでは変わらない。
理屈は分かっていても、そこにあるメリットが見えていても行動を起こせないことがあります。メリットがそれだけ明確に約束されていないことに原因があります。そういう時は気分転換と仕切り直しをすることです。体調が影響することもあります。メリットを紙に書きだしイメージを具体化します。そうすることで新たな行動意欲が湧いてくることがあります。知識が行動の契機になることもあります。本を読むことは知識の吸収と拡大においてとても重要です。
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人は変わりたいと思っても
変われるものではありません。

幸せになりたいと思っても
なれるものではありません。

幸せになろうと本を読み漁ったところで
幸せになれるわけではありません。

心理学の本を読んで人間を理解したところで
自分をコントロールできるものではありません。


我々がよく勘違いしていることは、
知識を取り入れればその知識どおりに
ことが進むと思っていることです。

お金持ちになりたいと思い、
その類の本を読んだところで
実際にお金持ちになった人は
ほとんどいないでしょう。

ダイエットの本を読んで、
ダイエット方法を知ったところで
成功する人は少数です。

どの本でもそうですが、
読んでいる時には、
「なるほど納得!出来そうだ」
と思うものですが、
実際に行動に移すとなると
なかなかうまくいかないものです。


本を読んだり、話を聞いたりすると、
自分にでもできそうだと思えるものです。

しかし、そう思えるのは
そこに自分の環境が
含まれていないからです。

理想論や美談に共感したり
感銘を受けたりすることは
たやすいことです。

しかし、実際にそれを
自分の行動レパートリーにしたり、
自分の思考に取り入れたりして
実践していくことは
まったくの別問題なのです。

その原因は、環境の違いにあります。
理想論や美談を語ってくれる人と
自分とは生きている環境が違うからです。


本を読んで自己啓発をしているときの自分は
意気揚々としていて、何でもできる気になっています。

しかし、実際に現実に向き直ると、
さっきまでの自分はいなくなり、
いつもの自分に早や変わり。

書かれていた通りに行動を起こそうとするが、
そこにためらいが生じるものです。

やろうにもそこにメリットがないために
動くことができないのです。

「まずは行動を起こすことです!」
なんて書かれていても
そこにメリットがないのが
現実じゃないでしょうか。

だから、動けない、動こうとしないのです。
よくて、はじめの一歩は踏み出せても、
後が続かないのです。


毎日、知っている人に会ったら
気持ちよく挨拶をしましょう。
何かしてもらったときには、
必ず「ありがとう」の一言を言おう。
それだけで、人は心豊かになれる。

これなら誰にでもできそうです。
そして、実際にそうしてみます。

しかし、いくら挨拶をしても
相手から何も返事がなければどうでしょう。
「ありがとう」の一言も
無視されれば気分が悪い。

今まで挨拶をしてこなかったのに、
いきなり挨拶をするようになれば
気持ち悪がられることもあります。

環境側からしっかりとした見返りがない。
となると、次から挨拶をする気にはなれません。
これで豊かな心作りはジ・エンドです。


いくら知識を詰め込んだところで
その人の行動の鍵を握っているのは
環境側にあるメリットとデメリットです。

知識を振り絞っても、
人の行動は変わりません。

知識や思考といったものは、
はじめの一歩を踏み出す力はあっても、
その行動を学習し持続させる力はありません。

行動を学習し持続させる力は、
その行動の結果随伴する
環境からの見返り、
つまりメリット、デメリットです。


いくら知識を持ったとしても、
その知識を活かせるかどうかは
環境によって変わってきます。

ダイエットの本を読んでも、
心理学の本を読んでも、
子育ての本を読んでも、
「人生におけるヒント」を読んでも、
「お金持ちお父さん」を読んでも
環境を整えておかなければ、
その知識は無駄になってしまいます。

今ある環境は、
あくまで今の自分に合った環境です。

今の環境は今の自分に
見返りを与えてくれています。

今までと違ったことをしようと思えば、
環境を整えないことには
見返りを得ることは難しいのです。


もし、ダイエットに成功したいなら、
知識とそれを実行できる環境が必要です。

ダイエットをするにしても、
褒めてくれる人がいない、
周りがダイエットに無関心、
それでは効果は期待できません。

ダイエットに成功するには、
美への関心を高めてくれる環境をつくったり、
大好きな人ができたり、
環境側にそれなりのメリットを
作らなければなりません。

自分を変えようとしても、
変わる自分を応援してくれたり、
認めてくれたりする人が
周りにいなければ難しいもの。

今までと違ったことをしても、
それをしっかり受け入れ
メリットを与えてくれる環境がなければ、
その知識は無駄になってしまいます。

自分を変えるには
知識も大事ですが
環境を見落としては
元も子もありません。

まとめ

理想論や美談に共感したり
感銘を受けたりすることは
たやすいことです。

しかし、実際にそれを
自分の行動レパートリーにしたり、
自分の思考に取り入れたりして
実践していくことは
まったくの別問題なのです。

その原因は、環境の違いにあります。
理想論や美談を語ってくれる人と
自分とは生きている環境が違うからです。


知識や思考といったものは、
はじめの一歩を踏み出す力はあっても、
その行動を学習し持続させる力はありません。

行動を学習し持続させる力は、
その行動の結果随伴する
環境からの見返り、
からの引用です。

人間の恒常性について

人間の恒常性について
人間は変われない生き物のように思います。しかし繰り返し繰り返し同じことを思い続けるとか、念じ続けると、脳に新しい回路ができます。そうすることで新しい習慣を定着させステップアップすることが出来ます。人があきらめて踵を返す壁を乗り越えたものだけが新しい道を進む権利を手にします。

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人は環境によって変わるということを
今まで述べてきましたが、
人はなかなか変わらないのも事実です。

人はなかなか変わらない、
その理由は何だと思いますか?

人間には性格や人格といった根幹があるため、
人はなかなか変わらないのでしょうか。

いえいえ違いますよ。
メンタリストが考えそうなことです。


幼きころより培われた行動パターンや
思考パターン、価値観など、
人を作っている要素は、
環境からの見返りにより維持されています。

その環境からの見返りを
今も受けているから
人は変わらないのです。

しっかりとメリット・デメリットで
今の自分は維持されているのです。

しかし、昔から今まで同じ環境で
生きているわけではありません。

歳を取るにつれ
環境は変わってきたはずです。

今も昔も同じ環境に生きているなら
同じメリットを受けている以上、
今の自分と昔の自分が
同じであることに納得できます。

しかし実際には幼稚園から小学校、
中学校、高校、大学、社会人と、
人は様々な環境の変化を経験します。

それなのに性格や人格といわれるものは
さほど変わった様子はありません。
これはなぜでしょうか。

しつこいですが、間違っても性格や人格が
人の根幹を成すものだからではありませんよ。
そんなメンタリズムは必要ありません。


人が変わらないのは、
我々が環境を選ぶ力を持っているためです。

もっと言えば、今の時代の人は
自分にあった環境を自由に見つけることができる、
または選ぶことができるためです。


人は自分が学習してきた
行動パターンや思考パターン、
価値観を駆使して環境と関わっています。

そして、その環境から見返りを受けることで
その行動は維持されていきます。

しかし、今まで学習してきた行動が
新しい環境から見返りを受けられないとき、
人はどうするか。

自分とは合わないと感じる環境に出くわした時、
人はどうするか。

自分自身でその環境に合った
新たな行動パターン、思考パターン、
価値観を作り変えるのだろうか。

ほとんどの人はそんなことはしません。
その環境から離れ
自分に合った環境を探すはずです。

自分を変えるより、
環境を変えるほうが楽だからです。

楽というのはその人にとってメリットです。
この行動、つまり自分を変えるよりも
環境を変える行動は維持されます。
だから、人はなかなか変わらないのです。
自分を変えるよりも、まず環境を変えてしまうのです。


大学生活が始まり、
新たに友達を作る時、
気の合わない友達と無理して
付き合うようなことはしません。

大学で始めて知り合ったからといって、
気の合わない友達と自分を変えてまで
仲良くしていこうとはしません。

その友達とは次第に距離を置き
疎遠になっていくはずです。
気の合う友達を探して、
その友達を仲良くやっていくはずです。
そうやって、自分にあった環境を求めていきます。


幼い頃に酷い親から酷い育て方をされ、
自尊心や、対人関係に問題を抱えた人がいます。

その人は、歳をとるにつれ、
周りと上手く付き合えないようになります。
普通の人たちとどのように接すればいいのか
分からないのです。
そのような行動パターンを
学んでこなかったのです。

逆に、自分に対して卑怯でずるい人間とは
上手くいくのです。
自分が学んできた行動パターンが、
ずるくて自分を搾取しようとする人には
上手くマッチするからです。

その人は必然的に
卑怯でずるい人ばかり選んでしまいます。

人はなかなか変わることができません。
一度身に付いた行動パターンで生きようとします。
それがその人にしっくりくるからです。
メリットです。

仕事が合わないといって、
いつまでも職を転々としている人がいます。
その人を見て多くの人はなんと言うでしょうか。
根無し草? 根性なし? 社会不適応者? 

好き勝手なことを言ってくれるものです。
そんなことを言っても単なる罵倒でしかありません。

その人が職を転々とするのは、
しっかりとした理由があります。

自分が今まで学習してきた
行動パターンや価値観が
現実社会と不協和にあるからです。

その不協和の対処の仕方において、
その人は環境を変えることを選んでいるのです。
自分にあった環境を探しているのです。


もし自分に合う環境がなければ、
自分が変わるしかない。

しかし、今の社会はそこまでその人を導く前に
その人を見捨ててしまう。
社会不適応者として扱ってしまう。

人が変われるのは環境の力でしかないものを
簡単に見捨ててしまうものです。
引きこもりが流行るわけです。

その人が変われないのは社会の捉え方にも問題があります。


まとめ

人が変わらないのは、
我々が環境を選ぶ力を持っているためです。

今の時代の人は
自分にあった環境を
自由に見つけることができる、
または選ぶことができるためです。

自分を変えるより、
からの引用です。

すぐにやきもちをやく人の対処法

すぐにやきもちをやく人の対処法
やきもちというのは嫉妬心、ジェラシーとも言います。大かれ少なかれ誰しも持っています。その感情を抑制できるか、転嫁できるかがその人の人間力ではないかと思います。やきもちを焼く人を無視続けるのも一苦労ですが、相手をすれば行動分析的にはやきもちを強化したことになります。要するに耐えるほかないということのようです。

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やきもちをやく。

誰もが一度は経験のあることではないでしょうか。

しかし、それが病的になる人もいれば、
やきもちをやいてもすぐに収まる人、
またはその中間の人など、それぞれです。

この違いはどこからくるのでしょうか。


自分の恋人や配偶者の過去に執着する人がいます。
わざわざ相手の過去を穿り返して、
根掘り葉掘り聞きだしては不機嫌になるのです。

相手の経験人数や、
どういうSEXをしてきたのか、
どういう人と付き合ってきたのか、
どのぐらい付き合ってきたのか、
全部聞かないと気がすまないのです。

それを聞くだけならまだいいのです。
聞いたあとに不機嫌になるのです。
それも1度や2度の話ではありません。
ことあるごとに話を持ち出してきては、
不機嫌になるのです。


さて、そんな他に何もすることがない人は、
なぜそうなるのでしょうか。

ある精神科医はこう言っています。

「人は誰でも束縛心といったものを持っていて、
全てが自分のものでなくては気がすまない。
従って、相手のすべてを知っておかないといけないのです。
不機嫌になるのは、幼児的欲求の現われです。
幼き子供は自分の母親を自分のものにしようとします。
その幼児的欲求が現れ出ているのです。
幼き頃に満たされなかった幼児的欲求が
抑圧を解いて現れ出てきて、
不機嫌になり、相手を責めるのです。」

嘘癖もいいところです。
ここまでこじつけで語られると立派です。
精神分析が文学の世界で
ちょっとした話題を呼ぶのも分かる気がします。

しかし、現実社会でそれを用いられては困ります。
行動分析ではそんな嘘には頼りません。
そこにしっかりとメリットがあり、
そのメリットにより行動が維持されていると考えます。


自分の好きになった相手の過去に
興味を示すのは珍しいことではありません。
しかし、そこからが問題です。
暇な人ほど、そういうものに強く興味を示し、
ほかに考えることがないために、
そのことに頭を使い出す。

そして、それを聞いたあと、
どのような行動をとるのかがポイントです。

それを聞いて自分の気持ちにどのように影響して、
結果、どのようなメリットを得るかによって変わってきます。

相手の過去を聞いて不機嫌になり、
相手を責めだせば、どうなるか。
やきもちが発端で、相手に文句を言い続ける。

自分の中にある苛立ちを、
相手を責め立てることで解消しようとします。
相手がごめんなさいとでも言えば、満足する。
そうすることで、相手の気持ちが
自分にあると確信できるからです。
メリットです。

責められる相手側も、
やきもちを焼いてくれることが
自分のことを強く意識してくれていることだと思い、
悪い気はしない。
お互いにメリットを与え合うことで、
そのおかしな「やきもち」は持続されてしまう。


恋人が異性と話しているだけで
不機嫌になる。
携帯に異性から連絡があるだけで
不機嫌になる。

やきもちを焼いてしまうのは、
やきもちを焼くことで、相手の気持ちが
自分にあると確認できるからです。

やきもちを焼くことで、
相手が自分に優しくしてくれたり、
「そんなことないよ~」と言って
ヨシヨシしてくれる。
やきもちを焼くことで、
相手の気持ちを感じることができるのです。

やきもちを焼くことが
大きなメリットとなり
自分に返ってくるのです。


よくあるバカップルのパターンでは、
些細なやきもちが発端で喧嘩になり、
言いたいことを言い合って、最後は仲直り。
仲直りエッチまでこぎつける。

最後に大きなメリットがあることで、
一連の行動パターンが学習される。

しばらくすると
また、やきもちやきは始まるだろう。
やきもちをやくことで
メリットが得られるからだ。

やきもちをやくという行動は
ラブラブへとこぎつけるための、
大事な刺激となっているのです。

喧嘩をして
「仲直りエッチ」でもしようものなら
喧嘩が絶えなくなるに違いない。


過去にこだわりたくない、
過去のことでうるさい男をどうにかしたい。
些細なことでやきもちを焼く相手を
どうにかしたい。

そういうときは、
そこにメリットを与えないことです。

やきもちやきの恋人は、
そこにメリットがあるから
いつまでも繰り返されてしまうのです。

すぐにむくれるが、
ほっておけば問題なし。
それをごめんね!などと
優しく接しようものなら、
相手にメリットを与えることになり、
その子は、また、
すぐにむくれるようになるのです。


わがままな子、すぐにむくれる子、
すぐにやきもちを焼く子、
性格がそのような行動を
起こさせているのではありません。

周りが優しく接したり、
そこが可愛いと思ったり、
下手にかまってしまい、
メリットを与えているために、
学習してしまった行動様式です。

やきもちやきは、
性格の問題ではありません。
幼児願望や支配欲の現われなんて
とんでもありません。

そのように考えたければ
考えてもいいが、
それではいつまでたっても
その幼児願望?支配欲?はおさまりません。

解決策は、
何を言ってきても相手にしない。
やきもちをやいたらほっておく。
さらに不機嫌になっても、
こちらもさらに無視し続けることです。

やきもちを焼いたとしても、
ほったらかしておけばいいのです。
もちろん、それ以外のところでは、
しっかり、愛してあげてくださいね。


やきもちを焼いても、
そこにメリットがなければ、
やきもちを焼く行動は、
意味のない行動となり、
次第に減少していきます。

やきもちをやく本人は
そのやきもちの感情のやり場がなくなり
ストレスとなるでしょう。
感情のやり場がなくなれば
メリットを得ることができず
その感情も次第に弱まります。

やきもちを焼いたとしても
すぐにその感情は収まるようになります。

初めは、やり場のないその感情の処理に
大変でしょうが。


やきもちを焼かれるのが、
自分への愛情だと感じられる人や、
そのやきもちが可愛いというバカップルには
疎い話ですが・・・。


バカップルを経験してきた人ほど
重度の「やきもち焼き」です。

間違いない。

 
まとめ

わがままな子、すぐにむくれる子、
すぐにやきもちを焼く子、
性格がそのような行動を
起こさせているのではありません。

周りが優しく接したり、
そこが可愛いと思ったり、
下手にかまってしまい、
メリットを与えているために、
学習してしまった行動様式です。

解決策は、
何を言ってきても相手にしない。
やきもちをやいたらほっておく。
さらに不機嫌になっても、
こちらもさらに無視し続けることです。
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